線形代数における「固有値」と「固有ベクトル」は、行列という抽象的な対象の性質を決定づける極めて重要な概念です。
まず、行列 A とベクトル x の積である Ax を「ベクトル x を別のベクトルへ変換する操作(一次変換)」と解釈することから始めましょう。
通常、行列を掛けるとベクトルの向きは変わりますが、特定のベクトルに対しては、向きを変えずに長さだけを変化させることがあります。
このときの特別なベクトル x を「固有ベクトル」、その伸縮倍率 λ を「固有値」と呼び、数学的には Ax = λx という簡潔な方程式で定義されます。
この定義式において、固有ベクトル x は「ゼロベクトルではない」という重要な制約があります。
なぜなら、ゼロベクトルは何を掛けてもゼロになるため、どのような λ に対しても式が成立してしまい、行列固有の性質を抽出できないからです!
そのため、実務的な計算では、まず λ を特定してから x を求めるという順序を辿ります。
この λ を求めるための道具が、単位行列 I を用いた「固有方程式」です。
式 Ax = λx を変形すると (A - λI)x = 0 となり、x がゼロ以外の解を持つためには、行列 (A - λI) が逆行列を持たないこと、すなわち行列式が 0 になることが必要条件となります。

具体的な計算手順は以下の通りです。
まず、①与えられた行列 A に対して行列式 det(A - λI) = 0 を立てます。
これは λ に関する n 次方程式(固有方程式)となり、これを解くことで n 個の固有値(重解を含む)が得られます。
次に、②得られた各固有値を元の式 (A - λI)x = 0 に代入し、ベクトル x の各成分に関する連立一次方程式を解きます。
このとき、行列式を 0 と置いているため、方程式には必ず「不定性」が生じます。
これは固有ベクトルの「方向」さえ決まれば、その長さは何倍であってもよいという幾何学的な事実を反映しています。
例えば 2次正方行列の場合、固有方程式は λ の 2次方程式となり、解として最大 2 つの固有値が得られます。
それぞれの λ に対して x と y の関係式を導き出すことで、固有ベクトルを (1, 1) の定数倍といった形で表現できます。
一方、3次正方行列になると計算の複雑さが増し、固有値が重解(同じ値が重なること)を持つケースも出てきます。

重解の場合でも、基本的には同様の掃き出し法や連立方程式の解法を用いて、対応する 1 次独立な固有ベクトルを抽出していくことになります!
このプロセスにおいて、固有ベクトルを求める連立方程式が必ず「解が 1 つに定まらない(不定)」状態になることに困惑する学習者は少なくありません。
しかし、これこそが固有ベクトルの本質です。
特定の直線上にあるベクトルはすべて、行列 A によって同じ倍率で伸縮されるため、代表的な方向を 1 つ示せば十分なのです。
最終的には、各固有値に対してどの方向のベクトルが対応しているかをセットで理解することが、その後の「対角化」や「量子力学」などの応用分野へ進むための不可欠なステップとなります。
物理学的な視点では、この固有値問題はシステムの安定性や振動モードの解析に直結しています。
例えば、複雑な多自由度の振動系であっても、固有ベクトルという「自然な座標系」に乗り換えることで、個別の単純な振動の集まりとして理解することが可能になります。
数学的な手続きとしての計算をマスターするだけでなく、行列という変換操作の中に潜む「変わらない軸」を見つけ出す作業であると捉えることで、線形代数の学習はより深いものになるでしょう。


