現代のメディアは「憧れ」や「崇拝」を作り上げる機能を持ちますが、HIGH (er) magazine(ハイアーマガジン)の編集長を務める haru (ハル) 氏は、それとは異なる「手触り感」のある体験を重視しています。
活動の起点にあるのは、社会で過ごす中で感じる微細な「違和感」です。
この個人的な声を薄めずに発信することが、結果として大きな共感や、自分自身への問いかけを読者に促すのです。
haru 氏が大切にしている思想の一つに、ドイツの現代美術家 Joseph Beuys (ヨーゼフ・ボイス) が提唱した「社会彫刻」があります。
これは「人は誰もが芸術家であり、社会を形作る主体である」という考え方です。
特別な作品を作ることだけが芸術ではなく、例えば「奥さん」と呼ばずに「パートナー」と呼ぶような言葉選び、何にお金を払うかという消費行動の一つひとつが、社会を彫刻する行為に繋がると説きます。
自分自身の内面を保護し、持続可能な活動を続けるためのマインドセットも重要です。
haru 氏は自らを「DIYクイーン」と称し、たとえ外の世界が困難であっても、自分の中の世界を耕し続ける姿勢を持っています。

これは現実逃避ではなく、自分と他者の境界線を適切に引くことで、ネガティブな感情に引きずられすぎないための生存戦略でもあります。
実際に、彼女は25歳の時にカウンセリングを通じて、他人の悲しみを背負いすぎない「踏ん切り」がついたと語っています。
インナーウェアブランド『HEAP (ヒープ)』の立ち上げも、この思想の延長線上にあります。
下着は人に見せるためのファッションとは異なり、究極的に「自分のためのもの」です。
排他的になりがちなアパレルの世界において、誰にも邪魔されない個人的な空間で挑戦できるアイテムとして下着を選んだ点は、極めて論理的です。
繊細でセクシーすぎず、ほっこりしすぎない「デイリーな着心地と美しさ」の両立を追求しています。
また、メディアやブランドを運営する上でのコミュニティ論も示唆に富んでいます。
haru 氏は、主催者がリーダーとして君臨するのではなく、「あんたもやるんだよ」という態度を提示します。

これは、10代の頃に影響を受けた Tavi Gevinson (タヴィ・ゲビンソン) の『Rookie (ルーキー)』マガジンのように、誰もが気候(寄稿)し、表現できるプラットフォームへの憧憬から来ています。
参加者が自ら動き、繋がり、勝手にお茶会を開くような状態こそが、理想的なコミュニティの姿なのです。
表現の世界において、長らく男性中心主義が支配的だった美術界やビジネス界への視点も鋭いです。
美大時代、教授が全員男性という環境で「君のやりたいことは分からない」と一蹴された経験は、女性の視点や欲望が構造的に軽視されてきた現実を物語っています。
だからこそ、自分たちの言葉で、生理や性の話を「昨日何食べた?」という日常のテンションで語れる場を守り続けることには、大きな社会的意義があります。
小さなプラットフォームから始まった HIGH (er) magazine が、ワークショップやイベントを通じて「人が変わる様」を演出してきたように、これからのプロデューサー像は「教える人」ではなく「きっかけを作る人」へとシフトしています。
一人で社会を変えようと力むのではなく、仲間を信頼し、それぞれの持ち場で「社会彫刻」を続けていく。
その軽やかさと強さが、閉塞感のある現代において、本当の意味で人を動かす力となるのです。


