調整という名の「ラスボス」を科学する

多くのTTRPG(Tabletop Role Playing Game)ファンが経験する最大の悲劇。
それは強力なモンスターに敗北することではなく、そもそも「全員が集まれない」ことによるキャンペーンの自然消滅です。
ハンク・グリーン(Hank Green)氏が解説する今回のテーマは、この「スケジュール調整」という現代の難問を組合せ論(Combinatorics)という数学の視点から解き明かすものです。
私たちが直面しているのは、単なる友人の不誠実さではなく、純粋な確率の壁だったのです。
物理学者たちが自身のスケジュール調整に嫌気がさして導き出したこの理論は、あらゆる「集まり」に応用可能です。
スケジューリングは個人の努力の問題ではなく、構造的な数学の問題であるという視点を持つことが、ストレス回避の第一歩となります。
私たちが陥りがちな「人数が多ければ楽しい」という幻想が、いかにプロジェクトの首を絞めているかを理解する必要があります。
まずは、成功の確率を左右する3つの要素を定義することから始めましょう。
- 1グループの人数(m)
- 2選択可能な時間枠の総数(L)
- 3各個人が拒否する時間枠の数(r)
| 変数 | 意味 | 調整への影響 |
|---|---|---|
| m | 参加人数 | 増えるほど成功率は指数関数的に低下する |
| L | 候補となる枠 | 増やすほど成功率は高まるが、多すぎると負担になる |
| r | 既存の予定数 | 参加者の「忙しさ」を直接表す指標 |
物理学者が導き出した「全滅」の数式

この研究のきっかけは、3人の物理学者が相次ぐ日程投票の失敗に憤慨し、その確率を計算し始めたことにあります。
彼らが考案したモデルでは、全員が同じ確率で予定を拒否するという単純化された条件下で、「全員の都合が合う時間が1つも存在しない確率」を算出しました。
この数式をダンジョンズ&ドラゴンズ(Dungeons & Dragons)の典型的なパーティ構成に当てはめると、驚くべき事実が浮き彫りになります。
例えば、DM(Dungeon Master)を除く「冒険者3〜5人」という公式の推奨人数をベースに考えてみましょう。
週末の午前・午後・夜、そして平日の夜のいくつかを候補に挙げ、合計10個の時間枠(L=10)を用意したとします。
ここで重要なのは 「m × r < L」という黄金律です。
もし参加者全員の拒否枠の合計が全体の枠数より少なければ、必ず1つは共通の時間が存在します。
しかし、現実はそう甘くありません。
- 各自1枠拒否: 成功率100%
- 各自2枠拒否: 失敗率0.06% (まだ安全圏)
- 各自5枠拒否(半分埋まっている): 失敗率71%
なぜ「仕事の会議」は成立し、「遊び」は破綻するのか

動画内では、プライベートのD&Dキャンペーンと職場の会議の比較も行われています。
この比較こそが、現代人がなぜ「遊び」の予定を立てるのにこれほど苦労するのかを如実に物語っています。
職場での1時間の会議を想定した場合、平日の9時から17時の間には合計40もの時間枠が存在します。
母数となる時間枠が圧倒的に多いことが、多人数での調整を可能にしているのです。
たとえば、14人が参加する大規模な会議であっても、各自の予定が週に10時間(全体の25%)程度であれば、調整は比較的容易に済みます。
しかし、TTRPGのように「数時間の連続した空き時間」かつ「全員が仕事を終えた後の特定の時間帯」という制約が加わると、選択肢は一気に10枠程度まで激減します。
この「時間枠の希少性」が、成功率を劇的に引き下げている原因です。
| 状況 | 候補枠(L) | 参加人数(m) | 難易度 |
|---|---|---|---|
| 職場会議 | 40 | 14 | 中程度 |
| TTRPG | 10 | 6 | 極めて高い |
キャンペーンを全滅させないための「生存戦略」

では、数学的に「無理」と言われた私たちはどうすべきでしょうか。
その解決策として提示されるのは、数学的な変数を操作するというアプローチです。
最も効果的なのは、成功の定義を再定義すること。
つまり、「1人くらい欠席しても開催する」というルールを導入することです。
数式上、参加人数が1人減るだけで、成功率は劇的に向上します。
もう一つの戦略は、長期的なキャンペーンにこだわらず、1回で完結する「ワンショット」形式の冒険を取り入れることです。
これにより、特定のメンバーが継続的に参加しなければならないというプレッシャー(rの増加要因)を軽減できます。
また、ブレンナン(Brennan)氏のようなプロのDMではない私たち一般人は、ゲームを仕事にするという夢を見るよりも、まずは「数学的に妥当な人数」で遊ぶ勇気を持つべきかもしれません。
- 1パーティ人数を最小限(3人程度)に絞る
- 2「1人欠けても続行」というルールをあらかじめ合意しておく
- 3候補となる時間枠を、深夜や早朝も含めて広げてみる
- 4キャンペーンではなく、単発のセッションで満足度を高める
完璧なスケジュールを求める心こそが、ゲームを終わらせる最大の敵なのだから。
