イギリスの歴史は、その地理的条件から生じる絶え間ない「侵略と融合」の歴史であると言えます。
ドーバー海峡を挟んで大陸とわずか30kmしか離れていないこの島国は、古代ローマのカエサルによる遠征以来、常に大陸勢力の標的となってきました。
ローマ支配下でロンドンの前身である「ロンディニウム」が築かれ、都市としての基礎が作られたのです。
その後、ローマ帝国の弱体化に伴い、アングロ・サクソン人などのゲルマン民族が流入し、複数の小王国が乱立する時代へと突入しました。
中世に入ると、北欧からバイキングが襲来し、一時期は北欧勢力の支配下に置かれるなど、民族の覇権争いは激化を極めました。
しかし、1066年の「ノルマン・コンクエスト」によってフランスのノルマンディ公がイングランド王として即位したことが、決定的な転換点となります。
これにより、イギリスは北欧文化圏から切り離され、大陸ヨーロッパの封建制度や文化を取り入れることとなり、現在のイギリスに繋がる国家の枠組みが形作られました。

この複雑な民族の出自が、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドという現在の連合王国の構造に深く関わっているのです。
イギリス史を理解する上で避けて通れないのが、独自の宗教改革です。
16世紀、ヘンリー8世は自身の離婚問題をローマ教皇に認めさせるため、カトリック教会からの離脱を強行しました。
その結果、国王を頂点とする「英国国教会」が誕生しました。
これは純粋な教義上の対立というよりも、多分に政治的な動機に基づくものでしたが、その後のイギリスにおける熾烈な宗教対立と、名誉革命による議会政治の確立へと繋がる重要な伏線となりました。
国家が飛躍的に発展を遂げたのは、二人の女性君主の時代です。

エリザベス1世はスペインの無敵艦隊を撃破し、海洋国家としての地位を確立させるとともに、シェイクスピアに代表される英文学の黄金期を築きました。
そして19世紀、ヴィクトリア女王の時代に産業革命の成果を背景とした「大英帝国」の最盛期を迎えます。
万国博覧会の開催などを通じて、イギリスは世界一の技術力と広大な植民地を誇る「太陽の沈まない帝国」としての地位を揺るぎないものにしました。
しかし、20世紀に入ると、新興勢力であるドイツとの対立や二度の世界大戦を経て、イギリスの絶対的な覇権は陰りを見せ始めます。
巨額の戦費による疲弊やアメリカの台頭により、かつてのリーダーシップは失われつつありましたが、ナチス・ドイツの猛威から国を守り抜いたウィンストン・チャーチルのような指導者の存在が、国民のアイデンティティを支えました。
現代のイギリスを理解するためには、これら2000年にわたる血塗られた闘争と、卓越した統治の歴史を俯瞰することが不可欠なのです。


