現代社会において、私たちは「死」を日常から切り離し、病院や施設に任せきりにしています。
しかし、2000人以上の最期を看取ってきた萬田緑平氏は、その現状を「墜落する飛行機」に例えて警鐘を鳴らします。
本来、生物は食べられなくなれば枯れるように穏やかに逝くのが自然ですが、医療の介入によって無理に燃料(栄養)を注ぎ込まれ、結果として体がむくみ、苦しみながら最期を迎えるケースが後を絶ちません。
あなたが理想の着陸を実現するために最も重要なこと、それは「歩き続けること」に集約されます。
萬田緑平氏は「人間は歩けるうちは死なない」と断言します。
歩くために必要なのは筋力以上に「気力」と「根性」であり、これは脳の若さそのものを示しているからです。
具体的に以下の基準で余命を推測できるといいます。
①スタスタ歩けるなら10年以上。
②椅子から腕の力を使わずに立てるなら1年以上。
③立てなくなれば半年以内。
④ちょこちょこ歩きになれば数ヶ月。
⑤歩けなくなれば1ヶ月以内。
この現実は厳しいものですが、逆に言えば歩行機能を維持することが寿命を延ばす最大の防御策となるのです!
もし現在、足腰の衰えを感じているのであれば、今日から「貯筋」を始めましょう。
具体的な手順は以下の通りです。
まず①座っているときは意識して30分間背筋を伸ばし、体幹を鍛えます。

次に②歩くときは歩幅を広げ、大股でゆっくり歩くことを意識してください。
最後に③1時間に10回、椅子から立ち上がる運動を繰り返します。
これだけで、一度失われかけた歩行機能が回復し、余命宣告を覆した事例が数多く存在します。
歩くことを諦めない姿勢が、脳を活性化させ、生命の灯を繋ぎ止めるのです。
また、病院という環境が「認知症製造工場」になり得るという指摘は衝撃的です。
高齢者が入院すると、環境の変化によるストレスで「せん妄」というパニック状態に陥ることがあります。
病院側は安全管理のために薬で眠らせたり、転倒防止としておむつを着用させたりしますが、これが身体能力と認知機能を急激に奪います。
しかし、住み慣れた「家」に帰った途端、安心感から症状が劇的に改善し、再び自分の足で歩き出す患者も少なくありません。
病院は「治す場所」ですが、家は「生きる場所」なのです。
末期がんの状態であっても、家で過ごすことで常識を超えた長生きをする人々がいます。
彼らに共通しているのは、がんを攻撃対象として戦うのではなく、共存を選んだことです。
抗がん剤で体力を消耗させるのではなく、残されたエネルギーを「歩くこと」や「好きなものを食べること」に費やす。
例えば、水も飲めなかった高齢者が大好きな日本酒を口にしたことで気力を取り戻し、1ヶ月以上も元気に過ごした例もあります。
心の満足が免疫や生命力を支える医学的根拠を超えた力が、自宅には備わっているのです。
そして、家族ができる最高のケアは「ありがとう」と伝え、本人に役割を与えることです。

人は誰かに必要とされていると感じたとき、脳の「生きるスイッチ」が入ります。
25kgまで痩せ細ったおばあちゃんが、孫からの感謝の言葉で奮起し、亡くなる前日まで自分の足でトイレに行けたというエピソードは、言葉の持つ魔法のような力を象徴しています。
否定や叱咤激励ではなく、ただ存在を肯定し感謝することが、どんな薬よりも本人を強く、優しくさせます!
最期を自分らしく締めくくるためには、今から具体的な準備が必要です。
エンディングノートに「延命治療拒否」と書くだけでは不十分です。
いざという時、パニックになった家族が救急車を呼び、本人の望まない処置が行われてしまうからです。
家族に対して、以下の2点を明確に宣言しておきましょう。
①「心臓マッサージは絶対にしないでくれ」。
②「胃瘻(いろう)などで無理に生かされるのはお断りだ」。
これらを「俺の言う通りにしないと化けて出るぞ」と言えるほどの強い意志で共有しておくことが、判断を迫られる家族を救う優しさになります。
最後に、人生の後悔を減らすために仕事への没頭をほどほどにし、大切な人との時間を優先してください。
多くの人が死の間際に「もっと自分の人生を生きればよかった」と後悔します。
他人の軸ではなく、自分の心が本当にやりたいと思うことを1つずつ実行していく。
北斗の拳のラ王のように「我が生涯に一ぺンの悔いなし」と言える人生は、日々の歩行と感謝、そして自己決定の積み重ねの先にあります。
あなたは今日から、誰に感謝を伝え、どの道を歩き始めますか?


