アメリカの歴史はわずか250年ほどしかありません。
これは中国やギリシャといった数千年の歴史を持つ国々と比べれば極めて短期間ですが、その駆け上がり方は驚異的です。
世界史の表舞台に登場してから、いかにして世界最強の座を射止めたのか。
その本質は、既存の枠組みを破壊し再構築する「ベンチャー国家」としての歩みにありました。
始まりは、信仰の自由を求めたピューリタン(清教徒)たちの移住です。
彼らはイギリス本国で弾圧を受けていたカルバン派のプロテスタントでした。
彼らにとって新大陸は、宗教的な理想郷を築くための聖地だったのです。
初期の教育機関であるハーバード大学が、宗教指導者の育成のために設立されたという事実は、その志の深さを物語っています。
しかし、本国イギリスは植民地に対して容赦ない重税を課しました。
世界中に植民地を展開するイギリスにとって、維持コストの回収は急務だったのです。
これに憤慨した入植者たちは「ボストン茶会事件」を引き起こし、ついに独立戦争へと突入します。
彼らは「ミニットマン」と呼ばれ、森の地形でゲリラ戦を展開し、フランスの支援も受けて最強国イギリスを退けました。
独立を果たしたアメリカが最初に行ったのは、国家の設計図を描くことでした。
世界で初めて、憲法という明文化されたルールに基づき運営される近代国家を創設したのです。
まさに「国家2.0」とも言える革新的な試みでした。

通貨としての「ドル」の制定や、どこにも属さない特別区としての首都ワシントンDCの建設など、国家としての骨格を次々と整備していきました。
領土の拡大プロセスも、戦略的かつダイナミックです。
ミシシッピ川以東の13州から始まった国土は、ナポレオンの政治的判断によって一気に倍増します。
ナポレオンはカナダを持つイギリスとの対抗上、守りきれない領土を売却して利益を確定させたのです。
アメリカはこの好機を逃さず、広大な中央部を買い取りました。
国家運営における「バイアウト」のような決断が、国力を押し上げたのです。
北への拡大はイギリスに阻まれ、ホワイトハウスが焼かれるほどの敗北を喫しました。
しかし、アメリカは南西へと目を向けます。
メキシコとの戦争に勝利し、テキサスやカリフォルニアを奪取しました。
驚くべきことに、手に入れたばかりの土地で金鉱が発見され、ゴールドラッシュが到来します。
この狂騒の中で、炭鉱夫のために丈夫なズボンを作ったリーバイスが誕生するなど、産業の芽が次々と育ちました。
一方で、国内には「奴隷制」という巨大な矛盾が横たわっていました。
独立宣言で「人間は平等」と謳いながら、南部では綿花栽培のために黒人奴隷を酷使していたのです。
北部の工業化と南部の農業主体の経済は、奴隷制を巡って激しく対立しました。
この亀裂が、アメリカ史上最大の悲劇である南北戦争へと発展していきます。

この難局に現れたのが、第16代大統領エイブラハム・リンカーンです。
彼は単なる人道主義者ではなく、極めて冷徹なリアリストでした。
奴隷解放宣言も、当初は南部の混乱を狙った戦略的な一手だったと言われています。
彼は国際世論を味方につけるために「自由のための戦い」という大義名分を掲げ、北部の勝利と国家の統一を確実なものにしました。
戦後、アメリカは驚異的なスピードで復興と発展を遂げます。
イギリスとの貿易が途絶えた経験から、国内産業の育成に力が注がれました。
その象徴が大陸横断鉄道の建設です。
10年の歳月をかけて広大な国土を線路で結び、人、モノ、情報の流れを劇的に加速させました。
蒸気機関から電気へと時代が移り変わる中、アメリカは「金ピカ時代」と呼ばれる空前の好景気に沸くことになります。
アメリカの250年は、常に「何か」と戦い続けてきた歴史です。
カトリック、イギリス本国、メキシコ、そして内なる自分たち。
戦うたびに新しいルールを作り、領土を広げ、技術を革新してきました。
フロンティア(未開拓地)が消滅したとき、アメリカは次なる戦いの場を世界へと広げていくことになります。
その驚異的な生命力こそが、最強国の源泉なのです。


